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長屋の軒先でちょいとドカベン萌談義。
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久しぶりに自分の出した山里本を読み返してみたら、急にあれこれ読み返したくなって久しぶりにこのブログを覗いてます。別宅消えてましたわー。
ところで書きかけの短い球里SSみっけたので再燃記念に放り込んでおきますね。本当に心底続きが読みたいんですけど誰か書いてくれないものでしょうか。たぶん、プロ入りしたばかりの球道くんが傍若無人で日本人離れした振る舞いをして周囲をさんざんひっかきまわすみたいな描写が続くはずです。よろしくお願いします。





『…小せえな』

試合が終わったばかりのグランウンドの真ん中で、その言葉は妙にはっきりと耳に届いた。試合終了を告げるサイレンの残響と甲子園を埋め尽くした4万人の観客の歓声が重なる。
里中は思わず足を止めてその声の主を振り返った。
今しがた死闘を演じていた青田高校のエースピッチャーが、傾きかけた西日を背に里中を眺め下ろしていた。どこか不思議そうな、まじまじとした視線を受けて、里中ははっとしたように息を詰めた。

本当に、そうだ。

悔しさすら感じなかった。頭から冷水を浴びせられたような心地で立ちすくむ。世界で一番嫌いなその言葉は、勝利に沸き立つチームメイトや観客を他所に里中を一人平静に戻した。

そこに立っていたのは、ピッチャーとして必要な資質を何もかも持って生まれた男だった。全身バネのような恵まれた体格、底なしのスタミナ、揺らがない自信。人の輪の中心に居るのが当たり前で、マウンドの上が自分の居場所だとかけらも疑わない。

彼にホームランを打たれた球が指を離れた瞬間のことを忘れることができない。最高の球だった。なのに、指がボールを押し出した瞬間背筋を凍りつくような恐怖が貫いた。

なにもかも、里中が焦がれるように憧れて、必死に努力をつみ重ねて、決して手に出来ないものがあっけなくそこにあった。あまりにあからさまな現実を突きつけられて、里中は不意に笑い出しそうになった。なんなんだろう。いったい、自分が求め続けてきたものは。岩鬼の言う通り、どチビで、虚弱で、どうしようもなく頼りない自分がなぜここに立っているのか。視界がすうと薄暗くなって、里中は目を閉じた。めまいがする。吐き気が収まらない。

自分の名前を呼ぶチームメイトの声が遠くに聞こえたのが最後の記憶になった。地面が消え、目の前が真っ暗になる。落ちる。落ちていく。





1

「あんまり数字が高すぎるんで計器が壊れてるんじゃないかってさ」
「おいおい…」

噂話に興じる数名の笑い声を背後に聞きながら、里中は初冬の日差しにぬるんだ人工芝の上に腰を下ろし、ゆっくりと足を伸ばした。日差しは暖かかったが、朝方の冷え込みを残した午前の空気は冬の気配を忍ばせ始めていた。今日のメニューを頭の中でひとつひとつ確認しながら、慎重に、ゆっくりと身体をほぐしていく。

「せっかくだから打席にも立たせようかって話も出てるらしいぜ」

マジかよ、と頓狂な声と笑い声があがった。このところ、どこへ行ってもロッテが今年指名したドラフト一位、かつて甲子園を沸かせた隠し玉ピッチャーの話題で持ちきりだった。

「登板のない日はDHで、とか?そりゃ○○とか□□が怒るだろォ」
「ホームラン量産し始めたらどうするよ」
「そんなん四番に置いとけ、四番に」
「他所ならともかくうちじゃ先発しかありえないだろうよ」

今年の防御率全球団で最低だもんな、あいつら頼りねぇんだからさァ…、と話が流れたところで唐突に声が途絶え、気まずさをごまかすようにことさら大きな声で挨拶が飛んできた。オィーッス。お疲れっ。あざーす。

「おはよーございまぁ…す」

素知らぬふりで屈伸をしながら挨拶を交わす。
話に夢中になっていた彼らが、防球ネットの向こう側でひとり芝生にぺたりと寝転がって柔軟をしていた里中に気づかなかったのも無理はない。
へらへら笑いながら足早に通り過ぎていった野手陣をやり過ごして、里中は内心やれやれとため息をついた。まるで腫物扱いだと苦笑する。怪物級とも噂される謎のドラ1ピッチャーにチーム全体が浮かれるのも無理はないが、そのことで変にチラチラと様子を伺われるのは正直うっとおしい。まだ公式戦で一球も投げていないピッチャーと何を争えばいいというのか。

中西球道。

里中がその名を聞いたのは2年ぶりだった。




確か、2年前くらいだったように記憶している。ふと、山田の口から中西は今なにをしているのだろうな、という呟きが漏れたのだ。恒例となった正月の箱根合宿で、ひとしきり練習を終え、のんびりと温泉につかっているときのことだった。

『中西って…中西球道か?』

ああ、と山田は記憶をたどるように遠くを見るような目をしてうなずいた。

『さあ、聞いたことはないな』
『うん。あれだけのピッチャーが、野球を辞めるとも思えないが』

話はそれくらいでとぎれてしまった。ただ、山田の口から中西の名が出たことにどきりとしたことを覚えている。ちょうど西武が犬飼知三郎を指名したものの断られ、山田が必死に知三郎を追いかけ回し説得を重ねてようやく入団までこぎつけたという話に内心驚きを隠せずにいたところだった。

今まで山田が捕手の立場で投手にこれほどの執着を見せたことはなかった。すべてのピッチャーに公平であれ。それは野球人・山田にとって暗黙のルールなのだと里中は思い込んでいた。山田にも特別はあるということを初めて知って里中は思いがけず動揺した。そして動揺したことによってさらに苦しんだ。
その特別が自分でなかったことに、知三郎を妬んだことに、そしていまだ山田への執着を捨てきれずにいる自分の心の弱さに、殴りつけたいような腹立たしさを感じた。

山田がふと漏らした中西球道の名はいったい何を意味するのだろう。捕手としての興味だろうか?それともバッターとして?ただ、山田の視界に自分がいないことだけは確かだった。もうたくさんだ、と心の中で吐き捨てる。こんなことでいちいち平静をかき乱されるのは。

その名を2年後によりにもよって自分のチームで見ることになるとは、その時の里中には想像さえできなかった。








「里中!」

途中から合流した瓢箪に座ってもらい、ブルペンで数球投げ込んだところで名を呼ばれた。ネット越しに、ぞろぞろと大人数がブルペンに入ってくるのを見て面食らう。その先頭に球団広報部長がせわしない様子でこちらを手招きしていた。その後ろにひときわ背の高い男が突っ立ってじっとこちらを見ているのに気づく。

「彼ね。中西くん、今日本契約だったんで、今挨拶に回ってて…ちょっとこっち、こっち」

取材陣を引き連れてのあいさつ回りか、と、自分の5年前を思い出して里中は小さく苦笑した。ネットから顔を出すと取材陣の中に見知った顔がちらほら見える。現エースとエース候補の初対面というわけか。好奇心を隠そうともせず、舌なめずりしながら記者たちがカメラを構える中にすたすたと里中は分け入っていった。スポーツニュースの少ないこの時期にはうってつけの三面記事だろう。

「里中智。知ってるよね?…今年のドラフト1位指名、中西くん」
「よろしく」

記者たちが待ってましたとばかりに一斉にシャッターを切り始める。笑顔を貼りつけた広報氏から握手握手!という催促の目配せを受けて、里中は右手を差し出した。

「よろしく、里中です」
「…………」

相手の無反応にふと目を上げると、きつい眼差しが里中を見下ろしていた。一瞬、呑まれたような心地がして息を止める。それは射抜くような、敵意とも受け取れるほどの強い視線だった。
おい、中西くん、と小声で広報部長に背中を小突かれ、ふと我に返ったような表情を見せた中西は、今初めて目の前に立っているのが誰なのか気づいたような顔をして、軽く首をかしげた。改めてしげしげと里中の姿を上から下まで無遠慮に眺め回すと、ぽつりとひとこと呟いた。

「…やっぱ、小せえな」

シャッター音が一瞬静まった。

里中が無言で差し出した手を戻す。はっとしたように再びシャッター音が切られ、フラッシュとともに狂ったように二人を取り囲んだ。

二、三秒硬直していた広報部長が文字通りぴょんと飛び跳ねたかと思うと、有無を言わせず中西の腕をとって出口から外へ引きずって行ってしまった。取材陣からはここぞとばかりに次々と声が上がった。中西くん、今のどういう意味?!それライバル宣言てことかな?!

考えうる限り最悪の展開に軽く頭痛を覚えながら、小さくため息をついた里中の周りを馴染みの記者たちがどっと取り囲んだ。

「今、なんて…?あ、いや、久しぶりの対面だったけどどうだった!?」
「感想をひと言!」
「里中くん!」

見慣れない駆け出しの女性記者が最前列で必死にペンを握りしめていることに気づき、彼女にわざと視線を合わせて里中はにこりと微笑みかけた。

「彼、人気出そうだね」

そう思わない?女性記者が顔を真っ赤にして固まった。取材陣が虚を突かれた一瞬を逃さず、里中はするりと囲みから抜け出した。

「あ、ちょ、ちょっと!」
「待って、里中くん、もうひとこと!」

慌てて追いかけてももう遅い。ネットをくぐりブルペンという名の聖地に戻ってしまった里中をあきらめて、記者たちは足早に中西を追って出て行ってしまった。

「…ええ、と…」
「スライダーいきまーす」

何事もなかったかのようにマウンドの上で構えを取った里中に、瓢箪が呆れたような、困ったような顔でミットを構えた。今のやりとりを見ていたようだった。パン、とミットの中にボールが収まる。乾燥しているからか、いまひとつ指のかかりの悪いスライダーに里中が眉をひそめた。
似ているな、とふと思う。
高校時代の親友も、こんなときは何か言いたそうな顔をして、けれどただ黙々と球を受けてくれた。自分の悪い癖だという自覚はあった。さっと吐き出してしまえばいいものを、予想外に沸点を超えるような出来事に遭遇すると黙り込んでしまう。

「チェンジアップ」

パン、と小気味良い音が鳴ると同時にナイスボール!と明るい声が上がる。彼を山田と似てる似てないという目で見てしまうのも悪い癖のひとつだ。瓢箪とバッテリーを組むようになって以来ずっと治そう治そうと努力し続けているのに、折に触れて山田なら、山田と違って、山田はこうだった、と比べ続けてしまう心の弱さを里中は内心恥じていた。どれだけ山田という大きな存在に依存していたのか―そして今も―思い知らされるようで、たまらない気分になる。なによりこの献身的な年上の相棒に申し訳なくて、戻ってきたボールを手のひらの中でためらうように転がした。ようやく大きく息を吐き出し、心を決めてゆっくりと縫い目に指をかける。

「…ラスト行きます、ストレート」

しっかりと指にかかったフォーシームがぴくりとも動かないミットのど真ん中へ吸い込まれた。

「ナイスボール!!」

瓢箪が満足そうに立ち上がり、ふわりと里中へボールを返した。

瓢箪の笑顔にほっとして肩から力が抜ける。ふと、今まで自分の顔がこわばっていたことに気づいた。目を閉じてため息をつく。みぞおちのあたりに冷たく硬いものがわだかまっているのを感じた。
肩の力が抜けた途端、先ほどのやり取りが映像となって頭の中をぐるぐるとめぐりだす。表面に出ないだけで、内心は嵐のように轟音が渦巻いていた。怒りとも、悔しさとも、自己嫌悪とも表現できない、ざらざらとした感情が胸の中を駆け回る。

「失礼な奴だったなぁ」

歩み寄りながらボールを何度か軽く投げ合う。いつも笑っているような瓢箪の口からだとなんでも冗談のように聞こえて救われる。里中はようやくぎこちなく苦笑して口を開いた。

「まあ、変わってますよね」
「あれは怒っていいぞ、里中っ」

瓢箪がボクシングのように殴るポーズをとる。あんなところで初対面からプロレスを始めたらますます三面記事だ。想像したら少し笑えて、里中はくすりと笑みを漏らした。それを見た瓢箪からほっとしたような空気を感じて、ああ気を使われているなと申し訳なく思う。

「今日は、これで帰ります」
「飯、食っていかない?」

野手である瓢箪は投手の里中とは違うメニューをこなしている。オフの自主トレとはいえ、まだ消化していないメニューが残っているだろうに、自分を気遣ってそんなことを言いだす相棒の背をぽんと叩き、里中は感謝の意を伝えた。

「サボると安井さんに怒られますよ」
「うへえ…」

厳しいことで有名な専属トレーナーの名前を出すと、途端に瓢箪の顔が情けなく歪んだ。

「ありがとうございました」

投球練習に付き合ってくれたお礼と、気遣わせてしまったお詫びに深々と頭を下げる。ブルペンを出てロッカールームへ向かうと、廊下の向こうからまだ大勢の人の気配が伝わってきた。まだ取材が続いているらしい。翌日からの喧騒を思うと気が重かったが、里中は努めてわずらわしい物思いを頭から振り払うと、帰り支度をするためにロッカールームの扉を開けた。

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ひとことメセ。
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このブログについて
ドカベンにハマって4年目となりました。水島ファンからするとまだまだ新参者ですがよろしくお願いします<(_ _)> 。ちなみにドカベンには某東京ローカル局のアニメ再放送(2008年1月~)でまんまとハマりました。里中かわいいよ里中。

ちなみにそこそこ乙女向けなのでお気を付け下さい。山里メインの球里・三里てところでしょうか。ロッテの三馬鹿大好きです。里中受はたいがい大好物です。

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