長屋の軒先でちょいとドカベン萌談義。
というわけで将棋をする山里バッテリー+殿馬なSSアプしてみます。どうもタイトルが思いつかないのでそのままあげとく。思いついたらつけます。まあ大したものでもないしな。
畳んでおくので下よりどうぞ。
畳んでおくので下よりどうぞ。
「・・・王手」
控えめな発声とともに、肉厚な指がそっと駒をつまみあげその斜め左に場所を移動させた。
「・・・・っ くそぉっ」
詰んだな。えー、まだだろ?詰んでるって。上に逃げても金打ちだろ、取っても馬と銀がにらんでるだろー。
CMに入ったTVからようやく目を離した気楽な野次馬たちが、身体を半分ひねってようやく決着がついたらしい盤面を次々とのぞきこんだ。
「まだ投げてないぞっ」
里中は振り返って口うるさい野次馬連中を睨み付けたが、さっきから詰んでるづら、という殿馬のひとことでがっくりとうなだれた。
くそう、また負けた・・・っと唇を噛み締めた里中を刺激しないように、さりげなく駒を片づけようとした山田の気遣いもむなしく、長風呂からあがってきた岩鬼の「なんやサトォまぁた負けたんかおんどりゃー!がっはっは虚弱児はなにをやらせても虚弱やのう!」のひとことで里中の額に青筋が浮き上がる。もう一番だ山田ッ!と有無を言わせぬ眼光で里中は恋女房をひたと睨みつけたのである。
「里中、もう終わりにしないか?時間も遅いし・・・」
勝者にもかかわらず巨体を縮ませて困ったように山田が里中の顔を伺い見たが、悔しさに耳まで真っ赤に紅潮させた里中は、勝ち逃げなんかさせるかよ、と怒鳴って駒を並べ直す手を止めようとしない。山田はそっと今日何度目かのため息をついた。
言いふらすようなことでもなかったので誰に話したこともないが、山田は子どもの頃から将棋が得意だった。今はすっかり野球漬けの毎日だが、子どもの頃は将棋好きだった父親に基本的な定跡から高度な戦術まで教わったことがあり、きちんと見てもらったことはないものの有段程度の実力はあるだろうと近所の腕自慢のおいちゃんにお墨付きをもらったこともある。
その山田がいま、将棋盤を前に弱りきって大汗をかいていた。別に勝たなくてはならない真剣勝負というわけではない。むしろ気付かれない保証があるならば負けてやりたい気持ちでいっぱいだったのだが、しかしわざと負けたと気付かれでもしたら同情されることをなにより嫌う里中を怒らせるばかりか、バッテリーの信頼関係まで壊してしまいそうで恐ろしい。
なにしろ最初がいけなかった。駒を並べながら金って後ろに動けたっけ?などと聞いてくる里中が初心者だということはすぐにわかったのだから、手心を加えたりせず実力通り素直に指してしまえば良かったのだ。しかし、このところ怪我で落ちこんでいた里中が将棋なんて懐かしいな、と久しぶりに明るい顔を見せたので、赤子の手をひねるが如く実力差のまま叩きのめしてしまうことを山田はためらってしまった。
そのためらいが裏目に出た。手を抜いて指すくらいなら思い切り馬鹿のふりをしてさっぱりと負けるべきだった。中途半端に手心を加えてそのあげく僅差で山田が勝ってしまったのである(というか、里中が勝手に転んで自滅したともいう。さすがにフォローできない一手詰めだった)。いっときはそれなりに勝負の形ができてしまっただけに負けず嫌いの里中が熱くなった。当然もう一番、となる。
これだけの実力差があると、ほどほどに緩めて指していても勝手に相手が転んできて自然と真綿で首コースを辿ってしまうものだ。一方的に攻めているはずのなのに、なぜかいつの間にか詰まされてしまう。一見素人目にはとんとんの勝負に見えてしまうから里中も意地になる。悪循環であった。
「キリがねぇづら。山田よ、明日にするづら」
制止の言葉を山田に向かって言うところが殿馬の気の利いたところである。
殿馬の助け船にほっとして、そうだな明日に・・・と頷こうとした山田を遮るように、二人の戦績を聞いた岩鬼が大声で「九連敗やと~?!や~まだごときによくそんなに負けられるもんやな!」と大声でゲタゲタ笑ったせいで思わずあ、あ、と言葉がつっかえた。うるさい!と岩鬼に怒鳴り返しながら、里中が小気味いい音をパチンと立てて駒を2七歩と進めた。
「さあ来い、山田!」
山田、天を仰ぐ思いである。
2五桂、と元気よく里中が桂を跳ねてきた。里中の将棋は駒が前へ前へ出てくるわかりやすい将棋だ。攻撃しか考えていないから飛車が目まぐるしく飛び回り自陣の守りがからっぽでもあまり気にしない。特に今は頭に血が上っているからぐんぐん駒が攻め上がってくる。向こうっ気の強い明るい将棋なんだよなぁ、ほんと里中らしいよな、と山田はいっとき窮状を忘れてのほんんと微笑んだ。
とりあえず自陣を固めた山田は、さてどうしたものかと思案した。黙って自然に指せば恐らく同じ展開が待っている。わざと負けに行くのも自信がない。そんな器用な真似ができれていれば今こんなに困っていない。今更本気で叩きのめしてしまうのも気が引けるし、なにより手加減していたと自分で宣言するようなものだ。
こんなとき殿馬だったら・・・とため息を隠して山田はちらりと殿馬の方を見やった。
食事の後、一人で詰め将棋の問題を解いていた殿馬を食堂で見かけて、ふと駒の感触が懐かしくなり、一局手合わせを請うたのは山田の方だった。殿馬が手にしていた詰め将棋の問題をチラリと目にして、まあまあの勝負かな、とのんきに指し始めたのが運の尽き。まともに指したら二、三枚落ちは覚悟しなければならないほどの実力差に山田はすっかり苦戦を強いられた。
長いブランクがあるとはいえ、面白いように要所要所で好手を重ねていく殿馬に山田は舌を巻いた。なにしろ攻守のバランスがいい。攻めていたかと思うとすっと身を引いて、さあどうぞと相手に手を渡してしまう。それがちょうど相手が悩むような絶妙のタイミングで渡してくるから、渡された方も大変だ。畢竟迷って体勢が乱れる。野球でいえば腰が浮くという奴だ。自在に踊らされて気が付けば見事な敗勢模様となっていた。
まいったァと思わず笑って頭をかくと、殿馬はおめぇやっぱり筋がいいづら、と唄うような口調で言い、途中山田がしばし悩んだ場面に駒をサッと戻すと、ここは龍を戻した方が先の長い将棋になったづらぜと言っていくつか手数の長い変化図を披露し、さらに山田を驚かせた。
殿馬だったら、巧みにリードをして相手に気付かせず負けてみせることなどお手の物だろう。いや、殿馬なら最初はさっと綺麗に勝ってみせて実力差を相手に正直にさらしてしまっただろう。変に気を回して手を抜いたりした自分が悪いのだ、と山田は己の心の弱さを恥じた。自分が招いた窮地である。自分でなんとかするしかない、と再び盤面に目を戻す。
詰め将棋の本に没頭している殿馬は、時々手で拍子を取りつつ頭をゆるやかに揺らしている。どこかで聞いたことのある旋律の鼻歌が聞こえてきてまた殿馬へ目をやった山田は、詰め将棋もリズムなのかな?と埒もないことをつらつらと考えた。ふいに当の殿馬がふいにくるりと振り返って、山田が次の一手を指しあぐねている盤面を黙って一瞥する。
「お前の番だぞ」
短気な里中が早くしろと山田をせっついた。長距離だが真綿に首コースか、短時間で撲殺コースか選びあぐねている山田は慌ててごめんごめん、と頭をかく。
また視線だけでちらりと殿馬をうかがうと、もう飽きたのか先ほどと同じように殿馬は本のページに目を落とし、拍子をとるように頭をゆらりゆらりと前後に動かしている。
「どこだって同じだろ、早くしろよ」
焦れていい加減なことを言いだす里中に山田は苦笑を隠せなかったが、早く早くとせっつかれて仕方なく駒に手を伸ばしかけた時、
「いいこと言うづらぜよ、サト」
と殿馬が本から目も離さず言った。里中はぱっと振り返り、だろー?と相づちをうった。そしてまたくるりと山田の方を振り返り、どこだって同じだってと繰り返した。
「考えすぎるのも善し悪しづら」
殿間の口調になにかひっかかりを覚えて山田が殿馬を見やる。先ほどと特に変わった様子もない。相変わらず指で小さく指揮者のように拍子をとっている。
見るともなく山田の目は殿馬の指の軌跡を追った。四拍子。ぱたりと手を止める。ちらりと振り返って山田と視線が合うと今度は優雅に軌跡を描き、ワルツの三拍子。またぱたりと手を止める。お次は片手だけで器用にパタパタと手を上下にはためかせた。まるで白鳥の湖を踊るプリマドンナである。
再び駒に手を伸ばしかけた山田は、ふとあることに気付いてぽかんと目をしばたたかせた。再び手を戻す。まさか、という思いでもう一度盤面を見つめ直した。いや、でも、やっぱり違うだろうと頭をひねったところで、考えすぎるのも善し悪しという先ほどの殿馬の言葉が頭をよぎった。先ほど、里中の将棋は駒が前に出てくる元気な将棋だ、と考えていたことを思い出す。とにかく明るく楽しそうに駒が前へ出てくる。
あ、そうか。
知らず顔をほころばせた山田に、里中が不審そうに何だよ、と声を掛けた。
「いい手でも思いついたのか?」
挑発するように顎を上げた里中に、山田はにこっと笑ってまあね、と応えた。今度こそ迷いなく飛車をそっとつまみあげる。珍しく長考した山田の手にふうん、とさして驚く風もなく、決めていたのだろう右の桂を里中はつまみ上げた。3七桂。立て続けに7三飛。山田の駒が勢いよく戦いの場へ踊り出していった。
「負けた~~~」
はぁー、とため息をついて、里中は椅子の背もたれに背中をどっかと預けた。
盤面は戦いの跡も生々しく、原形が何だったのか想像すらできない有様である。
それまで里中の攻めを丁寧にかわす体勢を崩さなかった山田が、この局の途中から急にぽんぽんと駒を前に放りこんできた。お互い駒を前へ前へ進めるからあっという間に急戦模様になる。お互いむやみに王手王手とやりあう割に絶対に守りの手を打たない。王手、王手の連続で里中玉が自陣を飛び出した後、お返しとばかりに猛烈な攻撃を浴びせかけ、山田玉が自陣から裸一貫逃げ出したところでとうとう里中が吹き出した。
ええいままよ、と笑いながら、あっちへよろよろ、こっちへよろよろお互い逃げまくっているうちにあわや入玉寸前まで行った里中玉をすんでのところで山田龍と持ち駒銀2枚が取り押さえて詰み。
結局10連敗を喫した里中はけろりとした表情で、あーあ、あと少しで勝てたのに、と言ってまた笑った。
さっさと駒を片づけ始める里中に、山田はうんと頷いて穏やかな笑みを返した。
そして、殿馬にそっと感謝のまなざしを送る。
困り果てていた山田に殿間が送った秘密のサインは
四拍子、三拍子、そして鳥の真似。
───4三飛。
まるで将棋を覚えたての子どもが指すような手だった。後のことはあまり考えていない、ただ飛車を動かしてみたい、元気だけはある手。そう、まるで里中が指しそうな。
殿間はその前に「考えすぎるのも善し悪し」だと言った。考えすぎて見えなくなっているものは何だ。それはきっと、目の前にあるのに見えていないもの。
───里中
里中は悔しいから、負けても負けても向かってくるのだと思っていた。自分が将棋を覚えたての小さかった頃、父親にもう一回、もう一回だけ、とねだった懐かしい記憶が蘇る。父親に負けて悔しかったからだけではなかった、楽しかったからわがままを言ったのだ。あのとき、父さんはどんな風に俺の相手をしてくれたんだったっけ・・・
殿間がくれたヒントを受けて山田の出した答えは、里中の将棋に自分が降りていくことだった。駒を動かすのは楽しい、相手の駒を取るのも楽しい。前へ前へ動かそう。将棋の原点ともいえるそれだけをルールに、極力先の展開を読まないようにして里中の行きたい方向へついていこうと思った。
本来ねばり強い受け将棋を得意とする山田には少々とっつきづらい向きもあったが、駒がぶつかりベタ足で殴り合うような危なっかしい乱戦になってしまうと、それはそれで泥臭い面白さがあることを山田は懐かしさと共に思い出したのだ。
もうあと5分で消灯という時間に気が付いて、山田は戸締まりをしてくるよと言って玄関の方へ姿を消した。さて部屋へ戻るかと立ち上がった里中の目に、あくびをしながら食堂を出て行こうする殿間の姿が映った。
「殿馬」
里中が殿馬の背に声を掛けると、殿馬は足を止めて顔だけくるりと振り向いた。
「今度将棋教えてくれよ」
ぽん、と背中を叩いて里中が殿馬を追い越していく。すれ違いざまにいたずらっぽく光る里中の目を見て、殿間がオヤという表情でどんぐりまなこを大きくくるりと動かした。気付かれてたづらか。
あれでなかなか勘の働く男づらぜ、と少々の驚きとともに殿馬は口の端を上げた。ということは山田が里中に気をつかってやさしく指していたことも、それをひた隠しにして困っていたことも、本当はとっくに気付いていたのかもしれない。悔しがるふりをして困らせて、山田が本気を出してくるのでも待っていたか。
オレも山田もまだまだ読みが甘ぇづら、と頭を振りながらゆらりゆらりと自室へ引き返す殿馬の背中に、岩鬼の消灯時間を宣告するドラ声が響き渡った。
end.
2008/05/14
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
将棋って負けるとなんであんなに悔しいんでしょうか( ´Д⊂ヽ
将棋はろくに知らないので適当なこと書いてます。なんか間違ってたら教えて下さい。
控えめな発声とともに、肉厚な指がそっと駒をつまみあげその斜め左に場所を移動させた。
「・・・・っ くそぉっ」
詰んだな。えー、まだだろ?詰んでるって。上に逃げても金打ちだろ、取っても馬と銀がにらんでるだろー。
CMに入ったTVからようやく目を離した気楽な野次馬たちが、身体を半分ひねってようやく決着がついたらしい盤面を次々とのぞきこんだ。
「まだ投げてないぞっ」
里中は振り返って口うるさい野次馬連中を睨み付けたが、さっきから詰んでるづら、という殿馬のひとことでがっくりとうなだれた。
くそう、また負けた・・・っと唇を噛み締めた里中を刺激しないように、さりげなく駒を片づけようとした山田の気遣いもむなしく、長風呂からあがってきた岩鬼の「なんやサトォまぁた負けたんかおんどりゃー!がっはっは虚弱児はなにをやらせても虚弱やのう!」のひとことで里中の額に青筋が浮き上がる。もう一番だ山田ッ!と有無を言わせぬ眼光で里中は恋女房をひたと睨みつけたのである。
「里中、もう終わりにしないか?時間も遅いし・・・」
勝者にもかかわらず巨体を縮ませて困ったように山田が里中の顔を伺い見たが、悔しさに耳まで真っ赤に紅潮させた里中は、勝ち逃げなんかさせるかよ、と怒鳴って駒を並べ直す手を止めようとしない。山田はそっと今日何度目かのため息をついた。
言いふらすようなことでもなかったので誰に話したこともないが、山田は子どもの頃から将棋が得意だった。今はすっかり野球漬けの毎日だが、子どもの頃は将棋好きだった父親に基本的な定跡から高度な戦術まで教わったことがあり、きちんと見てもらったことはないものの有段程度の実力はあるだろうと近所の腕自慢のおいちゃんにお墨付きをもらったこともある。
その山田がいま、将棋盤を前に弱りきって大汗をかいていた。別に勝たなくてはならない真剣勝負というわけではない。むしろ気付かれない保証があるならば負けてやりたい気持ちでいっぱいだったのだが、しかしわざと負けたと気付かれでもしたら同情されることをなにより嫌う里中を怒らせるばかりか、バッテリーの信頼関係まで壊してしまいそうで恐ろしい。
なにしろ最初がいけなかった。駒を並べながら金って後ろに動けたっけ?などと聞いてくる里中が初心者だということはすぐにわかったのだから、手心を加えたりせず実力通り素直に指してしまえば良かったのだ。しかし、このところ怪我で落ちこんでいた里中が将棋なんて懐かしいな、と久しぶりに明るい顔を見せたので、赤子の手をひねるが如く実力差のまま叩きのめしてしまうことを山田はためらってしまった。
そのためらいが裏目に出た。手を抜いて指すくらいなら思い切り馬鹿のふりをしてさっぱりと負けるべきだった。中途半端に手心を加えてそのあげく僅差で山田が勝ってしまったのである(というか、里中が勝手に転んで自滅したともいう。さすがにフォローできない一手詰めだった)。いっときはそれなりに勝負の形ができてしまっただけに負けず嫌いの里中が熱くなった。当然もう一番、となる。
これだけの実力差があると、ほどほどに緩めて指していても勝手に相手が転んできて自然と真綿で首コースを辿ってしまうものだ。一方的に攻めているはずのなのに、なぜかいつの間にか詰まされてしまう。一見素人目にはとんとんの勝負に見えてしまうから里中も意地になる。悪循環であった。
「キリがねぇづら。山田よ、明日にするづら」
制止の言葉を山田に向かって言うところが殿馬の気の利いたところである。
殿馬の助け船にほっとして、そうだな明日に・・・と頷こうとした山田を遮るように、二人の戦績を聞いた岩鬼が大声で「九連敗やと~?!や~まだごときによくそんなに負けられるもんやな!」と大声でゲタゲタ笑ったせいで思わずあ、あ、と言葉がつっかえた。うるさい!と岩鬼に怒鳴り返しながら、里中が小気味いい音をパチンと立てて駒を2七歩と進めた。
「さあ来い、山田!」
山田、天を仰ぐ思いである。
2五桂、と元気よく里中が桂を跳ねてきた。里中の将棋は駒が前へ前へ出てくるわかりやすい将棋だ。攻撃しか考えていないから飛車が目まぐるしく飛び回り自陣の守りがからっぽでもあまり気にしない。特に今は頭に血が上っているからぐんぐん駒が攻め上がってくる。向こうっ気の強い明るい将棋なんだよなぁ、ほんと里中らしいよな、と山田はいっとき窮状を忘れてのほんんと微笑んだ。
とりあえず自陣を固めた山田は、さてどうしたものかと思案した。黙って自然に指せば恐らく同じ展開が待っている。わざと負けに行くのも自信がない。そんな器用な真似ができれていれば今こんなに困っていない。今更本気で叩きのめしてしまうのも気が引けるし、なにより手加減していたと自分で宣言するようなものだ。
こんなとき殿馬だったら・・・とため息を隠して山田はちらりと殿馬の方を見やった。
食事の後、一人で詰め将棋の問題を解いていた殿馬を食堂で見かけて、ふと駒の感触が懐かしくなり、一局手合わせを請うたのは山田の方だった。殿馬が手にしていた詰め将棋の問題をチラリと目にして、まあまあの勝負かな、とのんきに指し始めたのが運の尽き。まともに指したら二、三枚落ちは覚悟しなければならないほどの実力差に山田はすっかり苦戦を強いられた。
長いブランクがあるとはいえ、面白いように要所要所で好手を重ねていく殿馬に山田は舌を巻いた。なにしろ攻守のバランスがいい。攻めていたかと思うとすっと身を引いて、さあどうぞと相手に手を渡してしまう。それがちょうど相手が悩むような絶妙のタイミングで渡してくるから、渡された方も大変だ。畢竟迷って体勢が乱れる。野球でいえば腰が浮くという奴だ。自在に踊らされて気が付けば見事な敗勢模様となっていた。
まいったァと思わず笑って頭をかくと、殿馬はおめぇやっぱり筋がいいづら、と唄うような口調で言い、途中山田がしばし悩んだ場面に駒をサッと戻すと、ここは龍を戻した方が先の長い将棋になったづらぜと言っていくつか手数の長い変化図を披露し、さらに山田を驚かせた。
殿馬だったら、巧みにリードをして相手に気付かせず負けてみせることなどお手の物だろう。いや、殿馬なら最初はさっと綺麗に勝ってみせて実力差を相手に正直にさらしてしまっただろう。変に気を回して手を抜いたりした自分が悪いのだ、と山田は己の心の弱さを恥じた。自分が招いた窮地である。自分でなんとかするしかない、と再び盤面に目を戻す。
詰め将棋の本に没頭している殿馬は、時々手で拍子を取りつつ頭をゆるやかに揺らしている。どこかで聞いたことのある旋律の鼻歌が聞こえてきてまた殿馬へ目をやった山田は、詰め将棋もリズムなのかな?と埒もないことをつらつらと考えた。ふいに当の殿馬がふいにくるりと振り返って、山田が次の一手を指しあぐねている盤面を黙って一瞥する。
「お前の番だぞ」
短気な里中が早くしろと山田をせっついた。長距離だが真綿に首コースか、短時間で撲殺コースか選びあぐねている山田は慌ててごめんごめん、と頭をかく。
また視線だけでちらりと殿馬をうかがうと、もう飽きたのか先ほどと同じように殿馬は本のページに目を落とし、拍子をとるように頭をゆらりゆらりと前後に動かしている。
「どこだって同じだろ、早くしろよ」
焦れていい加減なことを言いだす里中に山田は苦笑を隠せなかったが、早く早くとせっつかれて仕方なく駒に手を伸ばしかけた時、
「いいこと言うづらぜよ、サト」
と殿馬が本から目も離さず言った。里中はぱっと振り返り、だろー?と相づちをうった。そしてまたくるりと山田の方を振り返り、どこだって同じだってと繰り返した。
「考えすぎるのも善し悪しづら」
殿間の口調になにかひっかかりを覚えて山田が殿馬を見やる。先ほどと特に変わった様子もない。相変わらず指で小さく指揮者のように拍子をとっている。
見るともなく山田の目は殿馬の指の軌跡を追った。四拍子。ぱたりと手を止める。ちらりと振り返って山田と視線が合うと今度は優雅に軌跡を描き、ワルツの三拍子。またぱたりと手を止める。お次は片手だけで器用にパタパタと手を上下にはためかせた。まるで白鳥の湖を踊るプリマドンナである。
再び駒に手を伸ばしかけた山田は、ふとあることに気付いてぽかんと目をしばたたかせた。再び手を戻す。まさか、という思いでもう一度盤面を見つめ直した。いや、でも、やっぱり違うだろうと頭をひねったところで、考えすぎるのも善し悪しという先ほどの殿馬の言葉が頭をよぎった。先ほど、里中の将棋は駒が前に出てくる元気な将棋だ、と考えていたことを思い出す。とにかく明るく楽しそうに駒が前へ出てくる。
あ、そうか。
知らず顔をほころばせた山田に、里中が不審そうに何だよ、と声を掛けた。
「いい手でも思いついたのか?」
挑発するように顎を上げた里中に、山田はにこっと笑ってまあね、と応えた。今度こそ迷いなく飛車をそっとつまみあげる。珍しく長考した山田の手にふうん、とさして驚く風もなく、決めていたのだろう右の桂を里中はつまみ上げた。3七桂。立て続けに7三飛。山田の駒が勢いよく戦いの場へ踊り出していった。
「負けた~~~」
はぁー、とため息をついて、里中は椅子の背もたれに背中をどっかと預けた。
盤面は戦いの跡も生々しく、原形が何だったのか想像すらできない有様である。
それまで里中の攻めを丁寧にかわす体勢を崩さなかった山田が、この局の途中から急にぽんぽんと駒を前に放りこんできた。お互い駒を前へ前へ進めるからあっという間に急戦模様になる。お互いむやみに王手王手とやりあう割に絶対に守りの手を打たない。王手、王手の連続で里中玉が自陣を飛び出した後、お返しとばかりに猛烈な攻撃を浴びせかけ、山田玉が自陣から裸一貫逃げ出したところでとうとう里中が吹き出した。
ええいままよ、と笑いながら、あっちへよろよろ、こっちへよろよろお互い逃げまくっているうちにあわや入玉寸前まで行った里中玉をすんでのところで山田龍と持ち駒銀2枚が取り押さえて詰み。
結局10連敗を喫した里中はけろりとした表情で、あーあ、あと少しで勝てたのに、と言ってまた笑った。
さっさと駒を片づけ始める里中に、山田はうんと頷いて穏やかな笑みを返した。
そして、殿馬にそっと感謝のまなざしを送る。
困り果てていた山田に殿間が送った秘密のサインは
四拍子、三拍子、そして鳥の真似。
───4三飛。
まるで将棋を覚えたての子どもが指すような手だった。後のことはあまり考えていない、ただ飛車を動かしてみたい、元気だけはある手。そう、まるで里中が指しそうな。
殿間はその前に「考えすぎるのも善し悪し」だと言った。考えすぎて見えなくなっているものは何だ。それはきっと、目の前にあるのに見えていないもの。
───里中
里中は悔しいから、負けても負けても向かってくるのだと思っていた。自分が将棋を覚えたての小さかった頃、父親にもう一回、もう一回だけ、とねだった懐かしい記憶が蘇る。父親に負けて悔しかったからだけではなかった、楽しかったからわがままを言ったのだ。あのとき、父さんはどんな風に俺の相手をしてくれたんだったっけ・・・
殿間がくれたヒントを受けて山田の出した答えは、里中の将棋に自分が降りていくことだった。駒を動かすのは楽しい、相手の駒を取るのも楽しい。前へ前へ動かそう。将棋の原点ともいえるそれだけをルールに、極力先の展開を読まないようにして里中の行きたい方向へついていこうと思った。
本来ねばり強い受け将棋を得意とする山田には少々とっつきづらい向きもあったが、駒がぶつかりベタ足で殴り合うような危なっかしい乱戦になってしまうと、それはそれで泥臭い面白さがあることを山田は懐かしさと共に思い出したのだ。
もうあと5分で消灯という時間に気が付いて、山田は戸締まりをしてくるよと言って玄関の方へ姿を消した。さて部屋へ戻るかと立ち上がった里中の目に、あくびをしながら食堂を出て行こうする殿間の姿が映った。
「殿馬」
里中が殿馬の背に声を掛けると、殿馬は足を止めて顔だけくるりと振り向いた。
「今度将棋教えてくれよ」
ぽん、と背中を叩いて里中が殿馬を追い越していく。すれ違いざまにいたずらっぽく光る里中の目を見て、殿間がオヤという表情でどんぐりまなこを大きくくるりと動かした。気付かれてたづらか。
あれでなかなか勘の働く男づらぜ、と少々の驚きとともに殿馬は口の端を上げた。ということは山田が里中に気をつかってやさしく指していたことも、それをひた隠しにして困っていたことも、本当はとっくに気付いていたのかもしれない。悔しがるふりをして困らせて、山田が本気を出してくるのでも待っていたか。
オレも山田もまだまだ読みが甘ぇづら、と頭を振りながらゆらりゆらりと自室へ引き返す殿馬の背中に、岩鬼の消灯時間を宣告するドラ声が響き渡った。
end.
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将棋って負けるとなんであんなに悔しいんでしょうか( ´Д⊂ヽ
将棋はろくに知らないので適当なこと書いてます。なんか間違ってたら教えて下さい。
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ssありがとうございます!
お久しぶりです。みんみです。
わーい!ねりのさんのSSだぁ♪早速読ませていただきました。
さすが無印~SSを読破されたねりのさん。それぞれのキャラの性格がほんっとに上手に書かれていますね。すごい!
そして最後の里中くんの大どんでん返し(?)には参っちゃいました。そっか~そうくるかぁ~。(く~っ)
それにしても…将棋‥よくわからないって本当ですか?私は有段者なのかと思いましたよ…。
次回のアプも楽しみにお待ちしてます^^
わーい!ねりのさんのSSだぁ♪早速読ませていただきました。
さすが無印~SSを読破されたねりのさん。それぞれのキャラの性格がほんっとに上手に書かれていますね。すごい!
そして最後の里中くんの大どんでん返し(?)には参っちゃいました。そっか~そうくるかぁ~。(く~っ)
それにしても…将棋‥よくわからないって本当ですか?私は有段者なのかと思いましたよ…。
次回のアプも楽しみにお待ちしてます^^
ありがとうございます!
早速のコメントありがとうございます!嬉しいです~v
ドカベンのキャラはみんな個性的で書いていてたーのしかったです♪最後のどんでん返しにも無事ひっかっかって頂けたようで書いた甲斐がありました(笑)。
野球をしているときは誰より読みが深くて鋭い太郎さんですが、野球を離れると里中と立場が入れ替わっちゃうこともあるんじゃないかな!と思ったんです。あるといいな!というか(^^;。
ちなみに将棋はほんとに素人なんですよ~。将棋のプロ棋士さんが書いた面白いエッセイを何本か読んだことがあるだけで、あとは想像で書いてます;;
また何か空からネタが降ってきたら書くと思いますので、そのときは是非また読んでやって下さいv
ドカベンのキャラはみんな個性的で書いていてたーのしかったです♪最後のどんでん返しにも無事ひっかっかって頂けたようで書いた甲斐がありました(笑)。
野球をしているときは誰より読みが深くて鋭い太郎さんですが、野球を離れると里中と立場が入れ替わっちゃうこともあるんじゃないかな!と思ったんです。あるといいな!というか(^^;。
ちなみに将棋はほんとに素人なんですよ~。将棋のプロ棋士さんが書いた面白いエッセイを何本か読んだことがあるだけで、あとは想像で書いてます;;
また何か空からネタが降ってきたら書くと思いますので、そのときは是非また読んでやって下さいv
このブログについて
ドカベンにハマって4年目となりました。水島ファンからするとまだまだ新参者ですがよろしくお願いします<(_ _)> 。ちなみにドカベンには某東京ローカル局のアニメ再放送(2008年1月~)でまんまとハマりました。里中かわいいよ里中。
ちなみにそこそこ乙女向けなのでお気を付け下さい。山里メインの球里・三里てところでしょうか。ロッテの三馬鹿大好きです。里中受はたいがい大好物です。
リンク・アンリンク共にフリー。バナはこちら
管理人:ねりの
ちなみにそこそこ乙女向けなのでお気を付け下さい。山里メインの球里・三里てところでしょうか。ロッテの三馬鹿大好きです。里中受はたいがい大好物です。
リンク・アンリンク共にフリー。バナはこちら
管理人:ねりの
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