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長屋の軒先でちょいとドカベン萌談義。
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久しぶりにSSとか。ほんとはもう1ヶ月くらい前に書きだしたまま放っておいたんですが、続きを書いたのでアプしてみます。シラサトです。恋愛未満どころか友情未満というていたらくでしかもギャグなのでシラサトと言うもおこがましいのすが、まあ要は里中と不知火の話です。すみません。特に不知火さんファンの方に怒られやしないかとビクビクですが・・・まあこんな辺境里中ブログなど見てやしないだろうと高をくくって堂々アプ。(おまえ)



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

慣れないポジションで選手達が四苦八苦しつつも大いに盛り上がった今年のオールスター戦は第一戦を大阪ドーム、第二戦を神宮球場にて無事に幕を閉じた。

第一戦でMVPを獲った岩鬼、優秀選手賞の山田、里中など、今年も明訓OBが賞を独占したため、いわゆる山田世代、土井垣を始め、特に岩鬼が気前よくあちらこちらに声を掛けて総勢20数人にもふくれあがった打上げは、賑やかを通り越して温泉宿の忘年会もかくやといわんばかりの大騒ぎとなっていた。

そんな中、だいぶ場もくだけてきた頃を見計らって里中は野次が飛び交いまくる岩鬼先生大独演会を抜けだし、明訓時代の先輩にして監督だった土井垣へビール片手に挨拶にやって来た。どうもどうもお疲れ様でした、まあお前も飲め、となかなかどうしてサラリーマンの乗りである。酒を酌み交わしひとしきり近況を報告して、土井垣先輩に恒例のお説教を頂く。明訓はいわゆる甲子園常連校的な上下関係の厳しい部分の薄い校風であったが、ちょっとほろ酔い気分の土井垣のややもすると強引な、だが思いきりのいい言葉を聞くのが里中は結構好きだった。気持ちがスカッとする。土井垣は「もう3年目だというのにプロとしての自覚が足らんぞ」だとか「先発ともあろう者が試合も作れず4回で降板とは情けない」だとか2ヶ月も前の話を持ち出して(よく覚えているものだ)ひとしきり訓告を垂れた後、向こうのテーブルで岩鬼と武蔵が舌戦を始めたのを目に留め、「む!」と一声唸ると「貴様ら何をしている~!」とちょっとろれつの回らない口調で喧嘩の仲裁、というよりは喧嘩に割り込むために席を立ってしまった。なんだかんだいって騒ぎに首を突っこみたがるお節介な性分である。あの分だと犬飼家の長男もなんだなんだとやって来て、知らない人が居合わせたら蒼白になるような迫力満点の大喧嘩(と書いてじゃれ合いと読む)を1時間は繰り広げるのだろう。それが彼らのコミュニケーションなのだ。
相変わらずだなァと笑いつつ、とり残された形になった里中は、さっきから土井垣の隣で唐揚げなどつつきながら黙々とグラスを傾けていた不知火に目を止めた。

「よおー不知火、お疲れぇー」

あちこちで連続15三振おめでとう、と飲まされてだいぶ酔いの回った里中は、普段ならそんなにくだけた間柄でもない、というよりはむしろ一種緊張感のただよう感さえある日ハムのエース、不知火守の肩をバシバシ叩きながら声を掛けた。へらへら笑いながらすとんと隣に座りこんだ里中に不知火はちょっとびっくりしたように目を見開いたが、里中は気にする様子もなく不知火の手の中に空のグラスを目ざとく見つけると、なんだよグラス空いてんじゃんよ、え、なに焼酎お湯割り?しかも梅干し入り?おっさんみたいなの飲んでんなぁーちょっと待ってろよー、などと言いながらさっとその手からグラスを奪い取って立ち上がった。

「すまんな」

宴会といえばなぜか必ずせっせと飲み物を作ったり注文するのを一手にまかなって誰にも譲らない中に手際よく焼酎お湯割り梅干し入りを作ってもらって席に戻ってくると、里中は不知火にグラスを手渡した。

「んー・・・なにやってんだ?」

不知火の目の前には、新規に頼んだらしい肉じゃがの皿が一つ。
その皿を両手でしっかりと抱え、不知火は真剣な目でその中身をじっと見つめていた。どう見ても中身はなんの変哲もない居酒屋の肉じゃがである。

「・・・・肉じゃがだ」
「・・・・まあ、見りゃわかるけど」
「お前の家の肉じゃがはこういうものか?」
「こういうのって、肉じゃがは肉じゃがだろう」

不知火が何を言いたいのかよくわからず、里中は不審そうに首を傾げた。

「だから、いろいろあるだろう。肉は豚か牛か、人参は入るか入らないか」
「ああ、」

そういう意味か、と言って眼前にぐいと突き出された肉じゃがの皿を里中がのぞきこむと、ごろんと大きいじゃがいもにタマネギ、シラタキ、人参、そして肉は牛肉である。

「そういや、おれは人参入れないな。子どものころ嫌いだったし。それから肉は豚だ。牛もうまいけどやっぱ高いしなー。鳥で作るのも結構いけるんだ」
「・・・・・・・・」

ちょっともらっていいか、と言うやいなや、里中は返事も待たずその辺に転がっていた割り箸を拾ってぱくっとじゃがいもを口に入れた。んー、ちょっと味濃いか、などともぐもぐやりながら、ふと不知火を見ると、なぜだか驚愕の表情で里中を凝視している。一瞬たじろいで、里中は割り箸をとり落としそうになった。

「・・・・・な、なに」
「・・・・・・・・・」
「・・・・もらって、いいか、って聞いたよな?」

返事を待たなかったことはこの際忘れてもいいところだろうか。しかしたかが居酒屋の肉じゃがをつまみ食いされたくらいで機嫌を悪くする1億円プレーヤーというのもどうかと思うぞ、と里中はじりじりとにじり下がりながら身構える。しかし不知火が万が一ここの肉じゃがを一日千秋の思いで待ちわびていたりなんかしたら大ごとである。
食い物の恨みは恐ろしい。明訓合宿時代に里中が身にしみて思い知らされたことの一つであるが、そうはいってもたかが居酒屋の肉じゃがだ。目くじらたてるようなことがあるはずもない、欲しけりゃ10でも20でも頼めばいい。どうせ支払いは岩鬼と山田と里中なのだ。この食べ盛りのメンツなら30分もあれば綺麗にすっからかんになるだろうし、不知火だって5人前や10人前朝飯前ってなもんだ。そうのはずだ。たぶん。里中とて身体は小さいがなかなかの鉄の胃袋の持ち主で、食べろと言われればおそらく8皿くらいは普通にいける自信を持っている。早食いだって岩鬼よりちょっと遅いくらいで・・・
なぜか肉じゃがの早食い競争にまで想像を膨らませつつも、酒の勢いと持ち前の負けん気の強さでなんとか迎撃体勢を整えた里中は、よ、よし、なんだかよくわからんが来るなら来い、返り討ちにしてやるぜ、などと見当はずれに一人盛り上がって割り箸をぴしっと正眼に構えた瞬間、不知火ががばっと里中の両肩をつかんで言った。


「お前、肉じゃが作れるのか!?」

「・・・・・・・・・・・・」


まるでオレの彼女が他の男と歩いてのを見ただと?!とでも言わんばかりの迫力である。
名実ともに日ハムのエースで、里中が密かにその恵まれた身長と腕力と握力に飽くなき嫉妬を覚えるほどの、ルーキーにして開幕投手を堂々と務めノーヒットノーランのおまけまで付けて、すでにパ、いや下手をすれば日本でも一、二を争う大投手として名を馳せている不知火守ともあろうものが、同い年のライバルをつかまえて「肉じゃが作れるのか!?」は無い。無いはずだ。しかし里中は一瞬頭が真っ白になったせいか、不知火の意味不明な迫力に押されたか、茶化しもせずに「う、うん」とこっくりうなずいてしまった。端から見たら何をやってるんだかさっぱりわからんやりとりである。

「そうか・・・・すごいな・・・!」

肉じゃが作れるのってそんなに偉いか不知火守。天才はどっかネジが外れてるものだというが。

「肉じゃがが・・・どうかしたのか・・・?」

がっしりと肩を掴まれながら里中が恐る恐る不知火に問うたのも、無理からぬ話であった。





まあ、話をかいつまんで言うと、今年の春で無事2年間の寮生活を終え、日ハムの新人寮を追い出された不知火は、初めて部屋を借りこの度めでたく一人暮らしを始めたのだが、未婚男性スポーツ選手なら誰もが必ずといっていいほどぶちあたる食事の問題に、やはり頭から思いっきりごっつんとぶつかっていたのだった。高校一年の時分から寮暮らしで、多くても年に2度ほどしか帰らない自宅では包丁など持ったこともない。よって自炊などする気もさらさらなかったが、一日三食外食暮らしというのがこれほど身に堪えるものだとは、さすがの不知火もちょっと想像していなかった。ああ、高校時代の寮のおばちゃんが作ってくれた野菜炒めが食べたい。実家で母親が作ってくれるおでんが、餃子が、豚汁が食いたい。食にはほとんどこだわりを持っていないはずだと思っていた不知火だったが、求めているものが家庭料理となるとこれはまた話が違った。いざ外食で家庭料理を食べさせてくれる店を探すとなるとこれがどうして、なかなかたやすく見つかるものでもない。そして特に不知火がこだわっていたのは────

「・・・・・肉じゃが?」
「そうだ」
「・・・・・・・・・・」

相変わらず大まじめな不知火にちょっと返す言葉が見つからなくて、里中は困惑しつつ、いや半分呆れつつ、ううん、とあやふやにうめいた。

「実家に帰ればいいじゃん」
「いつまでも親に頼って暮らすわけにはいかん」

そりゃご立派なことで。母親と二人暮らしをしている里中からすればやや複雑な言いぐさである。

「彼女に作ってもらえば」

だいぶ酔いがさめてきてちょっと呆れモードに移行しつつある里中が投げやりに言った。不知火ならよりどりみどり、毎日違う女だって来てくれるだろう。

「試してみたが」

試してみた、ですって。ちょっと聞いたーなんて言い方ですかねーねええどうなんですか奥さん?口の端をひくりと引きつらせながら必殺みのもんたモードで里中が目を半眼にしつつ話の先を促すと、

「だめだった。あいつらの作る肉じゃがは店でよく出てくるたぐいの味ばっかで」

「あいつら」ねーーへえええ複数形ですかああーーー寮を出た途端ずいぶんとお盛んでいらっしゃいますねえーーー。だんだんすさんでいく里中を置いてけぼりにして自分が真に欲している肉じゃがの味について熱弁する不知火を面白そうに観察していた里中だったが、しばらくするとまあどうでもいいかモードに突入し、「とりあえずこいつほっとこう」とあっさり腹を決めて手近にあったタコの唐揚げとポテトのチーズ揚げをぽいぽいと口に放りこんだ。

一応、付け加えておくと、「あの」不知火守から「俺の為に肉じゃがを作ってくれないか」などと口説かれて部屋に招かれた彼女たちが、それはもう気合いを入れてなんとかレシピだとか行列のできる店の美味しい肉じゃがみたいなものを目指して、絶対に美味しいって言わせてみせるわー!と腕をふるっただろうことは想像に難くない。そりゃ彼氏ランクとしては最上級の部類に入るだろう不知火守だ、気合いが入らないはずはない。しかし哀しいかな、不知火が求めていた味は、お母ちゃんの、寮母のおばちゃんの作ってくれる素朴な肉じゃがなのである。意思の疎通がまったく図られなかったという意味では双方にとって悲劇的な話ではあった。

「こう、なんか、店で食う肉じゃがって甘ったるくないか?味も濃いし」
「うんうん」
「いんげんとか入ってたりさ」
「ああー」

不知火家の肉じゃがにいんげんは入っていないらしい。
レンコンのはさみ揚げを頬張りながら、いんげん美味しいじゃん。彩りも綺麗だし、今度作る時入れてみよっかなーなどととりとめなく考えながら里中がいい加減に相づちを打っていると、急に不知火がそこでだ、とギラリと目を光らせて居住まいを正した。なんだなんだ。どうもコイツとはタイミングがあわないなーと里中はちょっと嫌な予感がしつつ、びっくりした拍子につい不知火と目を合わせてしまった。うかつである。

「どこにもないなら、仕方がないから自分で作ろうかと」
「・・・・・・作れば?」
「俺は生まれてこの方、包丁を握ったことがない」
「うわー」

男子厨房に入るべからず、とかなんとかいう奴?大概古風だよな~考え方とかもさー親がそういうタイプなんだろうなー、と里中が自分のことを棚に上げつつのんびりと批評していると、またもや不知火に肩をすごい握力でがしっと掴まれ、顔を正面からまじまじと見つめられる。なんだなんだ、いったいなにごとが始まるんだ?!目を白黒させた里中は、そのまま真顔で不知火に言われた言葉に、飲みこみかけていたシュウマイを思わず吹き出しそうになった。

「里中、俺に肉じゃがの作り方を教えてくれないか?」

変なところに入ってしまったシュウマイにげほ、ごほ、とむせる里中を、不知火はさらに熱っぽい瞳でひたと見つめたのだった。






「あ、あのさあ・・・」
「ああ」
「肉じゃがなんて簡単だって」

途端に押し黙る不知火をよそに、ようやく咳がおさまった里中は里中流カンタン肉じゃがレシピを伝授してやった。

「肉とタマネギとジャガイモ炒めてそこに水入れて煮込むだけ。煮えたら味付けはしょうゆとかで適当にやんの。まあシラタキ入ってた方が俺は好きだけど、なけりゃないでそういうのアリっていうか、味は別に変わらないしな」
「だからそういうのを教えてくれ」
「だーかーらー、やってみたのかよ」
「やった」
「・・・・できただろ?」
「鍋が3つほど再起不能に」
「・・・・・・・・・・・・・・」

料理ができる人間には、まったく料理をしたことのない人間にとっての「できない」基準が理解できない。理解しようという方が無理なのかもしれない。恐らく不知火にとってはどの鍋を買えばいいのかというところからすでに未知の世界だったに違いないのだ。それに市販に出回っているレシピは多少腕に覚えのある主婦がワンランクアップの味に挑戦する為のものが多く、大さじ1とか1カップとか、くし形に切るとか乱切りにするとか面取りだとかアクをとるだとか、料理初心者が基本的なところで必ずつまずくようにできているものだ。

「たのむ!」

とうとう不知火に頭を下げられて、里中は自分がいつのまにか罠にはまったことを悟って舌打ちをした。友達、というほど近くはないが、自分の腕に関しては海より広く山よりも高いプライドの持ち主である不知火に頭を下げさせてしまったのである。たかが肉じゃがで。ここで「えー」と言えるほど里中は一般的に薄情な男ではなかった。いやむしろ、男が男に頭を下げたのだ、それを無下に断るような奴は男じゃねえよ、というような、いささか古風な男気の持ち主でもあった。

「・・・・・まあ、いいけど」

それでもちょっと渋々頷くと、不知火の顔がぱっと輝いた。そんなに理想の肉じゃがが食べたいか不知火守。

「じゃあ今からうちに来てくれないか?」
「ああっ?!今から?!」
「明後日から福岡と神戸なんだ。その後もきっちりスケジュールが詰まっててなかなか手が空かない。お前のとこも来週は千葉だが俺たちと入れ替わりに大阪だろう」
「ううっ・・・・それはまあ・・、でもさ」
「頼む、今日を逃すといつ会えるかわからないんだ。ちょっとでいい。一時間だけでも!」
「いや、あの、それが終わったらどっちもこっちにいるんだし、そん時でもいいじゃん」
「そのあたりは球団のサービス事業でいろいろ駆り出されることになってる。駄目だ」
「いや、だってさー・・・」

正直言って冗談じゃない。今日の登板は無かったとはいえ、連続三振記録のいい気分も持ち越していて、酒もそこそこ入ってる。だいたい時間はもう11時を大幅に過ぎてあと20分もすれば次の日だというのに、なんだってそんな時間に大の男相手にお料理教室など開かねばならないのだ。

「頼む!」

しかし、里中は必死の形相で迫ってくるでかい図体から逃げおおせることに失敗した。来月とかでもいいだろう?!と懸命の説得を試みながらずりずりと逃げていった先は無情にも部屋の隅だった。背中にどん、と壁が当たって、ああもう勘弁しろよ~という気分になる。とうとうコーナーに追いつめられて諸手をあげた。ギブアップ。

「くそっ・・・タク代出せよ!?」

優秀選手賞を勝ち取った人間の言葉とも思えないが、不知火はまた顔を輝かせた。

「来てくれるんだな!」
「一時間だけだからな」

びしっと指をつきつけようとした里中の右手は不知火にがっしりと捕まれて、そのままあれよあれよいう間に店から連れ出されタクシーに押しこまれてしまった。





「こんな時間に開いてるスーパーなんてこんなところに・・・うわ、あるのかよ?!」

タクシーの運ちゃんに深夜営業のスーパーがないか聞いてみたところ、不知火の借りている部屋からはちょっと離れているが車で15分くらいのところにあるという。さすが深夜タクシー。表に車を待たせてじゃがいもなど必要な食材と、念のため醤油と砂糖とサラダ油をてきぱきと不知火の持つカゴに放りこむと、スーパーのカゴを片手に神妙な顔をして里中の後をついてくる不知火の姿をまじまじと見つめて里中はぷっと吹き出した。

「なに笑ってんだ」
「お前、スーパー似合わねぇー」

けたけたと笑い声をあげた里中にちょっと口をとがらせて不満そうな顔を見せた不知火は、仕方ないだろうと言い、照れ隠しのようにのしのしと大股でレジに歩いていってしまった。

まあ、正直な話、スーパーが似合う不知火守というのもなかなか想像できないものがある。
里中は缶ビールと酎ハイを両手で3本掴むと小走りに不知火の後を追い、会計を始めていたカゴの中にぽいっと投げ入れた。

「駄賃」

里中が不知火の顔を見上げて悪戯っ子のようにニヤっと笑うと、不知火も口の端を上げてニヤッと笑いかえした。

「安いな」
「今日はどうせ眠れないし、お前に付き合ったらまたあっちに合流するさ」

あんな興奮する試合をした翌日に、またエキサイティングな手に汗握る試合を目の前で見せられた。とてもじゃないが眠れるものではない。こんな夜は、お前みたいな奴相手に肉じゃがの作り方を教えてやるなんて酔狂なことをやらかすのも悪くないさ。そう言うと、里中は不知火を置いてさっさと一足先に車へと戻ってしまった。




華の一億円プレーヤーの割に気取ったところのない、ごく普通のワンルームマンションの一室が、さしあたっての不知火のねぐらだった。とりあえず里中は台所を点検し、必要なものがだいたい揃っていることを確認すると、メモ帳片手に所在なげに立つ不知火を見て眉を寄せた。

「メモるのは後にしろよ」
「書いておかないと忘れる」
「分量とか手順は後で整理して言うから、とりあえず一回流れを見てろよ。ピッチングだって同じだろ。なんか覚えようと思ったら、まずはよく見るだろ。メモってるとそっちに気がいって、結局集中して見られないんだよ」

最初は不服そうな顔をしていた不知火も、ピッチングの例を出されると納得したのか素直にメモ帳をテーブルの上に置き、まずは何をすればいいんだ、と里中に尋ねた。
じゃあ、じゃがいもの皮を剥いてくれるかと指示し、鍋の用意などを始めた里中はその2分後にはありえない光景を目にして硬直した。

「わ、・・・わーーーーーっっ!」
「な、なんだ」
「ぐーで握るな!うわっ、あっ、あぶなっ・・・手おろせーっっ」

酔いがふっとぶ勢いで不知火の手から包丁をもぎとると、里中はぜいはあと息をはきながら青い顔を不知火に向けた。

「おっ、おまえっ、ほんっっきで包丁握ったことないな?!」
「だからそう言っただろう」

じゃがいも片手に困惑した表情で固まっている不知火からじゃがいもを奪いとると、里中は信じられないものを見るような目で不知火を見上げた。

「台所に入ったことないって言ったってリンゴくらいは剥いたことあるだろう」
「ない」
「威張るなよ!」
「別に威張ってない」
「お前は言い方が・・・ああもういいや、俺が作るから今日は見るだけ!手出すなよ!」

ちょっと不満げな表情になったが、不知火は渋々わかった、とうなずいた。

里中は不知火が世にも恐ろしい方法で皮をむきかけたじゃがいもからくるくると手際よく皮をむいていき、皮をむいたタマネギをざくざくと切ってしまうと、鍋を火にかけ豚こまをちゃっちゃと炒めだした。この間約10分。

不知火から見ると魔法のような手際に呆然としているのも構わず、里中の料理講座は軽やかに進んでいく。

「油は多すぎても油っこくなるし、まあこんなもん。ヘルシーにしようとして油減らしすぎると焦げ付いたりしてうまく炒められないからこれっくらいはあった方がいい。肉の色がだいたい変わったらタマネギ、じゃがいもなー」

ほんとにこいつ、あの里中智だろうか・・・あのくそ暑いマウンドで甲子園への切符を競い合った、あの?
不知火は軽く目眩さえ覚えながら器用に菜箸をくるくると操る里中の横顔を盗み見た。まぎれもなくあの里中である。

「こんなもんかな。そしたら水をひたひたくらい入れる」
「ひたひたってなんだ」
「見りゃわかるだろーひたひた。な。こんくらい」
「・・・・・・・・」

わかったようなわからないような、料理用語というものには独特の語感の専門用語であふれているようだ。
10分くらい煮るからその間に手順と分量のメモしとこうぜと言われて我に返った不知火は、思わずハイと言いそうになってちょっと顔を赤らめた。先生と生徒じゃあるまいし!

「じゃ、分量からな。一人分て俺つくったことないから二人分で言うぞ。お前ならちょうどいいだろ。あと俺の作り方はほんといい加減だからな、覚悟しとけよ」

妙に威張った前置きをして、里中は分量と手順を口答で不知火に伝えていく。時折質問を挟みながらメモを終えた頃には鍋の中が丁度良い頃合いになっていた。

「あ、しらたき入れるのわすれてた」
「・・・まずいのか?」
「いや、今から入れても平気。味付けは砂糖としょうゆな」

ほんとはみりんとか料理酒とか出汁とか入れるんだろうなー、などとぶつぶつ言いながら、里中は特に分量を量るでもなく瓶から直接しょうゆを鍋に注ぎ入れた。

「量らなくていいのか?」
「俺は慣れてるから。お前は慣れるまで量った方がいいと思う」
「・・・そんなものなのか?」

料理というのは化学の実験のようにきちんと分量を量って手順通り作るものかと想像していた不知火が不安そうに首を傾げるのを見て、里中は首をすくめた。

「お前ん家の母親、いちいちスプーンでしょうゆの量はかりながら肉じゃが作るか?そんなことしてたら夜中になっちまう」

あとは蓋をして軽く煮込んで出来上がりだと言い、にこりと不知火に笑いかけた里中になぜか戸惑って、不知火は困ったように目をそらし、ああ、とだけ頷いた。

里中はそんな不知火を余所に、冷蔵庫から“駄賃”の缶ビールを一本取り出すとプルタブを空けごくごくと飲み下した。ふう、と息をついてからもう一本取り出し、不知火に投げ渡す。

「ビールでいいか」
「ああ」
「ああ、暑い。ビールうまいー」

大きなソファにどすんと腰を下ろした里中は自分の家のようなくつろぎようである。その姿を見て小さく笑うと、不知火は自分もビールのプルタブを空けて喉を潤しながら、鍋の中でぐつぐつといい感じに煮えている肉じゃがをのぞきこんだ。食欲をそそる良い香りがする。

「お前さ、なんでこんなに料理できるんだ?器用だな」

ぶっきらぼうだが、それが照れ隠しとすぐわかる素直な賞賛の響きをその声音に感じとって、里中は小さく笑みを浮かべた。

「母親が結構遅い時間まで働いてたから、ガキの頃は俺がずっと夕飯作ってたんだ」

不知火は思わず振り返り、ソファに座って静かに缶ビールを傾ける里中の横顔を見つめた。3年前の夏、日本中のマスコミがこぞって書き立てた明訓高校エースの気の毒な家庭事情───

「・・・そうか」

ただ短くそう答えてまた鍋に目を戻した不知火の後ろ姿を、里中はちらりと見やってまたビールをごくりと飲んだ。

「だから意外と俺の料理って母親譲りってわけでもなくてさ、近所のおばさん家で教わったり、友達ん家で台所に入り浸って覚えたものだからやり方がめちゃくちゃなんだ。今もたまに家で作ると隣で母親が『あらまあ』とか言ってんの。だったら自分で作れってー」

けらけらと明るい笑い声を上げる里中をまた肩越しに見やって、不知火はまた缶ビールを傾けた。

「手順がおかしいとか、味が薄いんじゃないとか。でも出来上がってみると結局なんとなく似たような味になってるんだ。あれはほんと不思議だよな」
「親子だからだろ」

そっけなく返された言葉に不知火の不器用な優しさのようなものを感じて、里中は小さく笑んだ。他から比べるといささか不自由のあった子どもの頃の境遇に同情されるのはまっぴらだったが、なぜか不知火の気遣いは素直に受け止められるような気がした。この誇り高い男が里中に対して安っぽい同情などするはずがないと訳もなく信じていたからかもしれない。

シーズンが始まる前のTVインタビューで不知火への挑戦状を叩きつけた里中に「その言葉そっくりお返しだ。里中に勝ったらこちらは最多勝を獲る!!」と不敵な笑みを見せて不知火は力強く言い放った。その言葉にどれだけ里中が胸を熱くし、勇気を得たか不知火は知らないだろう。不知火の実績と比べれば完全に出遅れている里中に向かって、不知火がまっこうから受けて立つと言ったのだ。不知火が里中をライバルだと認めたからには、ふがいない投球など決してできないと里中は思った。プロ三年目の開幕戦、頭がからっぽになるほど必死に投げ、山田のいる常勝明訓ではなく、初めて一人のプロ野球選手として、里中は不知火に投げ勝った。あのときの充実感というのは高校時代のそれとはまた全く別のものだった。そして不知火という存在の確かさに里中は改めて感嘆の念と感謝を覚えたのだ。不知火と投げ合うことで自分はもっと強くなれる。里中はやっとそのスタートラインに立つことができたと感じた。

そんな感慨を胸に、また里中はビールを飲み下した。その当の不知火と、彼の部屋でこんな風に深夜ビールを飲み交わしつつ旧友のように昔話をしているなんて、なんとも奇妙な話だった。人生どこで何がおこるかわからない。

「そうかもな」

ぐい、と残りのビールを飲み干すと、里中はソファから立ち上がって、さ、そろそろいいだろ、と言って鍋のふたをとり菜箸でかるく中身をかき混ぜた。
スプーンで味見をすると、まあまあじゃん、と言って里中は不知火にそのスプーンを渡した。お前も味を見ろという仕草にぎこちなくスプーンから不知火が汁をすする。

「・・・・うまい」
「そりゃ良かった」

またにこりと笑って里中が火を止めると、それを待っていたかのように部屋の中に軽やかな電子音が鳴り響いた。里中の携帯のようで、ポケットから携帯を取り出すと里中はあ、三太郎だ、と言って通話を始めた。

「三太郎?なに、今どこ。場所変えた?俺?俺はちょっと寄り道してて・・・違うって、バーカ。ああ、合流するから場所教えて。○○?知らない。どこ?ああ、そっちなら近いや・・・タクシーで10分くらいじゃないかな。着いたらまた電話するから電源切んないでおいて。・・・だから違うって!うるさい。土井垣さんは?いる?わかった。じゃーな」

もう三次会くらいに雪崩れこんでるところだろうか、電話を通しても派手などんちゃん騒ぎが漏れ聞こえるのに苦笑して、戻るのか?と不知火は尋ねた。

「ああ、今から帰ったってどうせ眠れないし。土井垣さんもいるらしいよ、不知火も行く?」
「いや、いい」

肉じゃがの鍋の方に視線をやりながらそう言った不知火に、ああその肉じゃがのお味が気になるのね・・・と生温い笑みを浮かべた里中はそれ以上しつこく誘わず、軽く手を挙げて玄関に向かった。

「里中、世話になった」
「ああ、それ、明日の朝になるとまた味が浸みて美味しくなるぞー今日全部食べておかないでちょっととっとくといいよ」
「ああ」
「じゃな」
「土井垣さんによろしく言っておいてくれ。タクシーは玄関出てまっすぐ行ったところにある大通りに出ればすぐつかまると思う」
「おう」

里中は深夜の珍妙な一仕事を終えた疲れも見せず、軽やかな足取りで不知火の部屋を後にした───






「里中ぁー」
「なんだお前、途中で抜け出しやがって、どこ行ってたんだよォ」
「女か!?ああ?」

再び合流した三次会のカラオケ会場は既に真っ赤に出来上がった男、男、男の山であった。れっきとしたプロ野球選手、しかも一流どころの男たちとはいえ、酔っぱらってぐてんぐてんになりながらさだまさしを熱唱している姿はそこらのサラリーマンたちの忘年会と大差はない。むしろガチガチの体育会系連中なだけに始末が悪かった。

「違いますって」
「あんだよ、隠し事かよ。先輩に向かって隠しごとですかぁー里ちゃーん」
「やっぱ女か!?」
「女だな」
「女かぁ~~」
「ちがいますってー」

こんな酔っぱらい連中に本当のことを言っても面倒くさいだけだし、多少は不知火の体面のことも考えてやらんこともないな、とちらりと頭をかすめたので、女だー女だーとはやし立てる同僚やら先輩やらにはそう思わせておくかと放っておき、三太郎が持ってきてくれた駆けつけ一杯のジントニックを一息に煽ったところでポケットの携帯が振動した。

不知火守である。
先ほどわからないことがあったら電話で聞いてもいいか、と言われて携帯番号を交換したばかりだった。なんだろうと首を傾げて電話に出ようとすると、まじめくさった顔をした土井垣が背後からガッとのしかかってきて里中は悲鳴を上げた。

「おい、女からか?ああ?」
「いや、あの、お、重いー!」

闘将土井垣もたいがい酔っぱらっている。女なんてお前にはまだ早いぞっ!と絡む土井垣からなんとか携帯を死守して通話ボタンをオンにすると、ちょっと焦ったような不知火の声が里中の耳に飛び込んできた。

『里中かっ?!』
「あー、しらぬいー?お前やっぱこっち来いよー土井垣さんなんとかしてくれよー」
「不知火だと?おい、かわれ」
「いや、ちょっと、やめてくださいよ、何?不知火、何?要件は?早くしないと土井垣さんが・・・・」

『里中っ、俺と結婚してくれっ!!!』



「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」

ぷつっ。




「・・・・土井垣さん、ファイターズってこういう冗談が流行ってるんですか?」
「・・・・・いや・・・・」



それってどんな冗談?





とある都下のワンルームマンションの一室で、日ハムの押しも押されぬエースピッチャーにして1億円プレーヤーである不知火守が感動にうちふるえながら食べかけの素朴な肉じゃがの入った盛皿を握りしめていた。

「この味だ・・・この味なんだ!」

それは、不知火守が苦節4ヶ月目にしてようやく出会った、人生の行く末すら左右することとなる(かもしれない)運命の肉じゃがであった。

end
081014

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

すいません。美味しい肉じゃが一つまともに作れない料理オンチですごめんなさい。味付けでいつも失敗するんだよなーどうしていつも薄すぎるか濃すぎるかするんだろう。智に手取り足取り教えて欲しいです。

ぶきっちょな智はよそさまで割合よくお見かけするので、せっかくならと逆パターンを考えてみました。これはこれで面白い気がします。なんだかんだいって智はちょっと大人びたところがあると思うんですよ、と言ってみる。

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ひとことメセ。
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このブログについて
ドカベンにハマって4年目となりました。水島ファンからするとまだまだ新参者ですがよろしくお願いします<(_ _)> 。ちなみにドカベンには某東京ローカル局のアニメ再放送(2008年1月~)でまんまとハマりました。里中かわいいよ里中。

ちなみにそこそこ乙女向けなのでお気を付け下さい。山里メインの球里・三里てところでしょうか。ロッテの三馬鹿大好きです。里中受はたいがい大好物です。

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